雑司ヶ谷鬼子母神堂(法明寺)

ぞうしがや きしもじんどう ほうみょうじ

神社・仏閣

鬼子母神堂:豊島区雑司が谷3-15-20
法明寺:豊島区南池袋3-18-18

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ねがいたい やさしいははの きしもじん
英語
I wish Kihimojin Goddess of childbirth and children were a generous mother.
中国語(簡体字)
非常感人 温心的 母子鬼神
中国語(繁体字)
非常感人 溫心的 母子鬼神
韓国語
소원을 빌고 싶은, 상냥하신 어머니 키시모진.
インドネシア語
Muốn cầu nguyện trước người mẹ Gishimojin dịu dàng .

雑司ヶ谷鬼子母神堂(法明寺)とは?

雑司がぞうしがや鬼子母神きしもじんは、永禄4年(1561)に清土(現在の文京区目白台)で堀り出された鬼子母神像きしもじんぞうを、天正6年(1578)に現在の場所に堂を建てて安置したことにはじまります。寛永2年(1625)には社殿の造営が始まり、正保3年(1646)には宮殿が寄進されました。江戸時代前期から将軍の御成りがあるなど、武家から庶民まで、子育て・安産の神として広く信仰され、現在でも多くの参詣者さんけいしゃが訪れています。

現在の鬼子母神堂きしもじんどうは、手前から「拝殿」・「相の間」・「本殿」の3つの建物で構成される「権現ごんげん造り」です。本殿の開堂かいどう供養くようは寛文6年(1666)に行われたことが記録にありますが、屋根裏うらの束に書かれた墨書ぼくしょから、寛文4年に上棟じょうとうされたことが判明しています。拝殿と相の間は元禄13年(1700)に建てられました。広島藩2代目藩主浅野光あさのひかりあきら正室せいしつみつひめの寄進により建てられ、その建築には広島から呼び寄せた大工が従事しています。そのため、本殿の三方の妻を飾る梁や組物の彫刻には広島地方の寺社に用いられる建築様式見られます。拝殿は、江戸時代中期の華やかな建物ではあるものの、装飾を簡素なものに変えるなど、幕府による建築制限令への対応がうかがわせる特徴がみられます。

これらのことから、江戸時代の大名家による寺社造営の実像を示す事例であり、本殿と拝殿とで異なる特徴を持つ建造物であることから、歴史的・デザイン的に価値が高いという点が評価され、平成28年7月25日に重要文化財に指定されました。

※法妙寺の門の写真は、ホームページのものを掲載させていただいています。
法明寺  (homyoji.or.jp)